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アジア系アメリカ人とアジア人の文化の違いを描いたゲイ映画『Front Cover』

この前、観たゲイ映画がなかなかよかったのでご紹介。

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ゲイ映画『Front Cover』あらすじ

ニューヨークに住むスタイリストのライアン。オープンなゲイのライアンは白人男が好きで、アジア人とつきあったことはなく、アプリで白人男を漁る日々。そんなある日、中国の人気俳優ニンのスタイリストを依頼される。ニンは、中国人であることに誇りを持っており、ただ西洋化されたファッションに身を包むのではなく、「新しい中国」を表現できるような、中国文化を理解したスタイリストを探していた。しかし、ガールフレンドたちに囲まれ、ホモフォビックな態度を持つニンは、見るからにゲイのライアンとソリが合わず、ライアンは解雇されてしまう……。

ゲイ映画『Front Cover』感想

まったく期待しないで観たのですが、なかなか面白かったです。

アジア系アメリカ人とアジアからきたばかりのアジア人の考え方の違いや、移民一世の親と、アメリカナイズされた子供との感覚の違い。さらに「白人好きアジア人」の生態と彼らが直面するマイルドな差別など、いろいろリアルでした。それでいて、ゲイの描き方がステロタイプにハマってないのもグッド。ライアンとニンの関係性も丁寧に描かれていて、個人的には、同じようにニューヨークの中国系アメリカ人のラブストーリーを描いた『素顔の私を見つめて(原題:Saving Face)』よりよく出来てると思いました。←こちらは、レズビアンのストーリーとしてはすごくイマイチなのだけど、母親のストーリーとして見ると面白い映画。

日本のネットフリックスでも観られると思うので、ぜひ見てみてください!

ゲイ映画『Front Cover』評価

  • ときめき度 ★★★☆☆
  • リアル度 ★★★★☆
  • イケメン度 ★★★★★

http://www.frontcoverthemovie.com/

LGBTxアジア系ポッドキャスト『NANCY』はめっちゃオススメ!聴いてみて!

今日は、おすすめのポッドキャストを紹介します。

Nancy | WNYC

キャシーとトビーという二人の親友が始めたこのポッドキャストNANCY。このNANCYが他のLGBT系ポッドキャストと違うのは、主催の二人がアジア系アメリカ人であるために、クィアとしての体験だけでなく、アジア系アメリカ人としての体験についてしっかり語られているという点です。

このポットキャストのメインーテーマはあくまでLGBTであり、「アジア系」ははっきりとテーマに掲げられてはいませんが、エピソードを通じてそのサブテーマは明確に意識されています。

例えば、初回エピソードのテーマは、カムアウトなのですが、移民の親が移民のため、カムアウトの時は、「移民の親にどうやって情報を渡すか」「アジア系の価値観」とのぶつかり合いが大きなフォーカスの一つになっています。中国語で書かれたチラシを添付してみたり、Google翻訳に頼ってみたり。

第二回目のエピソードでは、アメリカにおけるアジア系男性へのステロタイプが、ゲイ男性当事者に与える影響や、そのステロタイプを打ち破ってくれたアジア系のタチのポルノ俳優が当事者に与えた影響などが語られています。

もちろん、NANCYは、アジア系ネタばかり取り上げているわけでもありません。人種問わず「あるある!」となるネタも多く、どの人種の人が聴いても楽しめると思います。またショーも単なるトークではなく、毎回ゲストが登場し、ラジオならではのエモーショナルな瞬間などもあり、すごく面白いです。

英語は明瞭で聴き取りやすく、長さも1エピソードの中に10〜15分くらいの話が二つ入っているという形式で非常に聴きやすいです。

ぜひ一度聴いてみてください。

www.atashimo.com

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ディズニー映画『美女と野獣』「ル・フウが同性愛者かどうかは些細な問題」なのだろうか?

ディズニー映画、中東で上映中止 専門家が解説

ディズニー映画『美女と野獣』についての弁護士の解説を見て感じたことです。

イスラム教圏とロシアなどで行われている、『美女と野獣』ボイコットが不当であることをほのめかすのはよいのだけど「ゲイだと言われているけど、実際に見てみて『ちょっと、どこが?(笑)』」というのはよくわかりませんでした。何がどうおかしくて笑えているのだろう。「映画のどこが問題なのかわからない(笑)」というのならよいのだけど「ル・フウはゲイだと言われているけど、別にどこがゲイなのかあからない(笑)」という風にも受け止められる。

実写版『美女と野獣』ではゲイネスをほのめかす場面は確かに量としては少ないけれども、決して一箇所で唐突に示されるわけではないです。ラストシーンのダンスは、「やっぱりね」という感じでオチになってるし、それをバシッと画面の中央に持ってきて見せています。それを見ていながら「どこが(ゲイなの)?」とう意味で「どこが?」言ってしまうのだとしたら、それは鈍いです。

「大人がル・フウが同性愛かどうかの議論をしていて、それは本当に些細な問題で、物語にとっては全く問題ではない。それなのに色眼鏡で親たちが子供に見せないことがあるとすれば、それは子供たちにとって、もったいないこと」

というコメントも上に続いていて、こちらも、結論として「ル・フウがゲイだろうがなんだろうが、別に実質的な悪影響とかはない。ガタガタ言わずに子どもにもどんどん見せようよ」というのであればそれ自体には賛成できるんですけど、前半の感じがやっぱりどこかひっかかる。エンタメ作品の出演者が「同性愛者どうか」というのは決して「些細な問題」ではないとわたしは思ってるんです。そこを「些細な問題」にしてしまうと、「じゃあこれからもずっと出演者全員異性愛者でもいいじゃん、些細な問題じゃん」ってなってしまいそうで。

これまでずーっと「世の中のエンタメの出演者が当然のように異性愛者である」という演出にさらされ続け、慣れきってしまったわたしたちにとって、ル・フウがゲイかどうか?というのは、結構大きな問題だし、だからこそ、そこに希望を見出す人も、上映禁止をするような反応も出てくるわけであって。そこを無視して「いや、セクシャリティのことはよくわかんないけど、よい映画を見ないのはもったいないよ」的なまとめ方にしてしまうのだとしたら、それは一見理解があるようで、実は単に鈍い人ですよね……とか思いました。

yuichikawa.hatenablog.com

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美女と野獣 オリジナル・サウンドトラック<英語版[1CD]>